1 遺言執行者とは
遺言執行者とは、「遺言の内容を実現する人」のことです。相続手続きでは、相続人だけでできるものと、遺言執行者にしかできないものがあります(子の認知、相続人の廃除・廃除の取消し)。せっかく遺言書があっても、遺言書に書かれていることを実行する人(=遺言執行者)がいなければ、遺言の内容を進めることができません。
遺言執行者は、遺言書内で指定されている場合と、家庭裁判所により選任される場合とがあります(民法1010条)。以下のような場合、家庭裁判所は利害関係人の請求により遺言執行者を選任することができます。
①遺言執行者がない場合
・指定または指定の委託がない
・指定された者が就職を拒絶した場合 など
②遺言執行者が亡くなった場合
・遺言執行者が死亡、解任、辞任、資格喪失などの事由が生じた場合
遺言執行者は、未成年者や破産者を除いて誰でもなることができます。しかし、遺言執行の手続きは、利害関係が複雑にからむことが多く、専門的な知識を必要とすることもあるので、法律の専門家である弁護士などを指定するのが望ましいです。
2 遺言執行者指定のメリット
遺言執行者は、相続開始後に相続に関する手続き(認知や相続登記など)を単独で行う権限があるので、他の相続人が勝手に相続財産を処分したり、手続きを妨害したりすることを阻止することができます。そのため、相続人が遺言執行者を無視して、相続財産を勝手に処分するといったことがあれば、その行為は無効となり、その相続人に何かしらの措置をとることもできます。
また、相続人全員が協力しないと手続きができないものが多いので、遺言執行者の指定がない場合、遺言内容を快く思わない相続人がいると、遺言内容の実現がなかなか進まないという問題が生じます。相続人が複数いると、書類の収集や署名押印手続き等、煩雑になりがちですが、遺言執行者を指定していれば、遺言執行者が相続人代表として手続きを進められるので、非協力的な一部の相続人や相続人全員の協力を得ずして、遺言内容の実現を図ることができるので、大幅に時間の短縮ができます。
(例)遺言執行者が指定されている場合と指定されていない場合で、金融機関の手続きについて例に挙げると、以下のような違いがあります。
〇遺言執行者が指定されている場合 |
×遺言執行者が指定されていない場合 |
遺言執行者は、遺言者に書かれている通りに手続きを進められる権利を持っています。 そのため、複数の相続人がいた場合でも、遺言執行者と受遺者のみの署名捺印で相続手続きを進めることができます。 |
遺言者に「〇〇へ相続させる」と指定されていた場合でも、遺言執行者がいない場合、多くの金融機関で、「相続人全員からの署名捺印が必要」と言われます。 その場合、結局は遺言書がない場合と同様、遺産分割協議書の作成や、相続人全員の署名捺印、相続人全員の印鑑証明書等を求められるので、とても時間がかかります。 また、もし手続きに反対し署名捺印をしない相続人がいた場合、手続きがストップしてしまい、進めることができない場合もあります。 |
3 遺言執行者選びのポイント
①事前に了解を得る
ある日突然「あなたは〇〇さんの遺言執行者です」と言われても困るので、遺言書を書く際に、事前に遺言執行者に指定しようと思っている方の了解をとっておくことが大切です。
②遺言者より長生きする人
遺言執行者が職務を行うときは、遺言者が亡くなったときなので、肝心の時に遺言執行者が亡くなっていたり、認知症などで遺言の執行ができないようであれば意味がありません。
③専門家が安心
行う作業が多岐にわたり、法的な知識を必要とする機会も多いので、可能であれば弁護士や信託銀行などの専門家や法人を選出しておく方が安心です。
4 遺言執行者の仕事
①相続人・受遺者全員に遺言執行者の就任を通知する。
②遺産の調査をして財産目録を作成し、相続人全員に交付する。
③遺言書に子の認知がある場合は、就任してから10日以内に役所へ届出する。
④遺言書に相続人の廃除や廃除の取消しがある場合は、家庭裁判所に必要な手続きをする。
⑤遺言書の内容に基づき不動産の名義変更、預貯金の解約・払戻し、その他財産の名義変更等の手続きをする。
⑥全ての手続きが終了後、各相続人や受遺者全員に、その経過や結果の報告を行う。
5 相続法改正による遺言執行者の職務権限の明確化及び職務の増大
(1)相続法改正
平成30年7月に相続法の改正法案が公布されました。
今回の相続法改正によって、遺言執行者に関連しても、遺言執行者に関する権限が明確化されるとともに、法改正後に遺言執行者として対応しなければいけない問題が出てきましたので、今回の法改正について触れたいと思います。
(2)遺言執行者の権限の明確化
① 相続人の代理人ということが明確化(新民法1015条)
遺言執行者は、相続人の代理人とされてきましたが(現行民法1015条)、今回の法改正後の新民法1015条によって、条文上、より遺言執行者は相続人の代理人であることが明確になりました。
② 遺言執行者の権限の明確化(新民法1007条、1012条~1016条)
現行の民法の規定では遺言執行者の権限が条文上明確でありませんでしたが(現行民法1012条1項)、相続法改正の新民法1012条によって、遺言執行者は、遺言の内容を実現するための一切の行為をする権限義務を有すると明記されることによって、遺言執行者の権限が明確になりました新民法1012条)。
相続法改正によって、遺言執行者が遺言の内容を実現するため、預金の解約、不動産の登記(対抗要件具備)などをする権限が可能であることが、条文上、より明確に読み取ることが可能となりました。
遺言執行者が、遺言がある場合に遺言の内容を相続人に通知することについて、現行法上は明文の規定はありませんでしたが、今回の相続法改正により、遺言執行者が任務開始後、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければならないと明文化されました(新民法1007条)。
③ 遺言執行者の復委任について(新民法1016条)
現行法では、遺言執行者が任務について、弁護士・司法書士等の第三者に職務を復委任することについて、やむを得ない事由がなければ第三者にその任務を行わせることができないと制限されていました(現行民法1016条)。
今回の相続法改正により、遺言執行者は、弁護士・司法書士等の第三者に任務を原則として行わせることができるようになりました(新民法1016条)。この相続法改正によって、素人である子供が遺言で遺言執行者に指定されていたが、自分ではその任務を遂行するのに不安があるときは専門家である弁護士等にその任務を行わせることが原則自由にできることとなりました。
④ 相続法改正に関連して遺言執行者が注意すべき事項
(1)不動産の登記について(新民法899条の2)
現行法においては、最高裁において、「相続させる」などの遺言のときは、不動産登記などの対抗要件は不要とされていました(最高裁平成14年6月10日判決)。
しかし、今回の相続法改正によって法定相続分を上回る部分(例:法定相続分2分の1の長男が法定相続分を超えて全部不動産を取得したときは法定相続分2分の1を上回る部分)については、「相続させる」という文言の遺言の場合も、不動産について登記をしなければ、第三者に対抗できなくなりました(新民法899条の2)。この例では、相続法改正により、今後は「相続させる」等の遺言でも、その不動産を登記しないと、登記のない人はその不動産を取得した第三者に所有権を全て自分が取得したと主張することができなくなってしまいます。
このように、今回の相続法の改正により、不動産の対抗関係などの考え方が現行法の判例・解釈と大きく異なっていますので、高額な不動産などが相続財産としてある事案においては、遺言執行者については予め弁護士などの専門家を遺言で指定すべきと考えます。
(2)自筆遺言の保管制度
今回の相続法改正により、自筆遺言においても、法務局で保管をすることが可能になりました(遺言書保管法)。
遺言執行者が存在する場合、遺言執行者は、法務局に対して、①遺言書情報証明書、②遺言書保管事実証明書の交付、③遺言書の閲覧を請求でき、遺言執行者は、自筆遺言が法務局に保管をされているか否か、その自筆遺言の有無・内容を調査する権限義務が生じています。
これらの自筆遺言についての法改正による保管制度に伴う法務局への照会など遺言執行者の職務権限及び義務は複雑化しているので、多額の相続財産がある場合、複雑な権利関係や紛争が生じやすいケースなど極力遺言執行者には弁護士等の専門家を指定した方が良い場合が増えると考えます。
公的機関(法務局)における自筆証書遺言の保管制度の創設については、遺言書保管法の公布日の2018年7月13日から2年以内の施行が予定されています。自筆証書遺言の方式の緩和については、公布日の2018年7月13日から6ヶ月を経過した日に施行されるので、2019年1月13日に施行されます。
6 最後に
遺言執行者の仕事で中心になるのは、不動産や預貯金などの名義変更等の手続きになってきます。これらの手続きは、平日の日中に行わなければならないことが多く、専門的な知識を必要とすることが多いです。特に、今回の相続法改正によって、不動産の登記、自筆遺言の保管制度による自筆遺言の確認等など、遺言執行者の職務はより複雑化していきますので、遺言執行者に弁護士等の専門家を指定することを検討すべき事案が増えてくると考えます。
また、遺言内容によっては相続人間で利益が相反することもあるので、第三者の立場で公平に手続きを進められる弁護士、信託銀行などの専門家や法人を指定することをお勧めいたします。